辞めない新人を育てる90日——オンボーディングの実践ポイント

定着

あなたの薬局では、新人の最初の3か月をどう過ごさせていますか?

「せっかく採用できたのに、3か月もたたずに辞めてしまった」
「見学のときはやる気に見えたのに、現場に入ったら馴染めず退職してしまった」

薬局経営者や管理薬剤師の方から、そんな声をよく聞きます。いま薬局業界では、採用そのものが難しくなりました。求人を出しても応募が少ない。やっと採用にこぎつけても短期で離職される。この繰り返しは、採用費の垂れ流しだけでなく、残されたスタッフの疲弊や患者さんの不安にも直結します。

実際、医療・福祉分野は3年以内離職率が高いことで知られ、特に「1年未満の早期離職」が大きな割合を占めます。人手不足の本当の原因は「採れない」こと以上に「続かない」ことにある——ここを真正面から捉え直す必要があります。

「最近の若手は根性がないから」ではありません。データや組織心理学の知見が示すのは、離職の多くは“本人要因”より“職場の設計不足”に起因するという事実です。新しく入ってきた人が、最初の3か月で「歓迎されている」「成長できる」「ここに居場所がある」と感じられるか——その設計の有無が、定着を分けます。小規模な薬局ほど人間関係の影響が濃く、放置や曖昧な指導は致命的になりやすいのです。

製造業やITの多くでは、入社初日から90日を設計する「オンボーディング」が当たり前になりました。対して薬局では「OJTでそのうち慣れる」がまだ主流。だからこそ、いま導入すればインパクトは大きい。ここからは、オンボーディングの考え方と、薬局での実践方法を具体的に解説します。


オンボーディングとは?

オンボーディング(Onboarding)は、新人が入社してから職場に馴染み(適応)仕事を覚え(学習)役割を担う(戦力化)までを一連のプロセスとして計画的に支援する仕組みです。

  • 単なるオリエンテーション(初日の説明会)ではない
  • 一度きりの集合研修でもない
  • 「辞めずに根付く仕組み」そのもの

薬局におけるオンボーディングの目的は、新人が「ここならやっていけそうだ」と感じる経験を、最初の90日で確実に積ませること。初日に規則を説明して名札を渡すだけでは足りません。1か月目に何を経験させるか/2か月目にどんな成功を用意するか/3か月目にどう自信と役割を持たせるか——これらを意図して設計し、運用することがオンボーディングです。

薬局は少人数で回す現場のため、新人が「誰に聞けば良いか分からない」「忙しそうで声をかけづらい」と感じると、一気に離脱リスクが高まります。業務範囲が広く(調剤・薬歴・在宅…)、評価基準が曖昧だと「自分は成長していない」と誤解しやすい。だからこそ、基準と支援の見える化が要になります。


なぜ“最初の90日”が重要なのか?

新人の心理曲線を知る

新人は入社直後から、無意識に職場を評価し続けています。感情の軌跡(心理曲線)を押さえると、90日の意味がクリアになります。

  • 入社1週目:緊張のピーク。何が正解か分からず、失敗への恐れが強い。
  • 1か月目:簡単な業務は覚え始めるが「戦力になれていないのでは」と焦りが芽生える。支援が弱いと自信を失いやすい。
  • 2か月目:流れに慣れる一方で「自分の居場所」を模索。承認や小さな成功がないとモチベーションが不安定。
  • 3か月目:「ここでやっていける」「この先も成長できる」と実感できれば定着。逆なら離職を意識し始める。

新人はこの間ずっと、安心感(心理的安全性)/成長実感(できた感)/居場所感(承認・役割)の3点をチェックしています。90日でこの3点を満たす設計こそが、離職を防ぐ最短ルートです。

経営者視点での「早期離職コスト」

「辞めたらまた採ればいい」は最も高くつく選択です。

  • 採用コスト:広告・紹介料などで50〜100万円
  • 教育コスト:OJTで先輩の工数月30時間以上
  • 機会損失:患者対応の質低下、信頼低下、調剤ミスリスク
  • 組織影響:残存スタッフの負担増・士気低下

1人の早期離職で数百万円規模の損失になり、年2人なら経営を直撃します。逆に言えば、90日の設計は“採用費を守る投資”です。

他業界からの学び

多くの企業が、入社初日に「歓迎」を可視化し、30・60・90日の到達目標を明示、メンターが伴走する仕組みで早期離職を下げています。薬局は導入のハードルが低い反面、効果は大きい分野。基準と伴走を整えるだけで定着率は目に見えて変わります。


30-60-90日モデルで設計する

新人を安心して“育て切る”ための骨格が30-60-90日モデルです。30日ごとに到達目標を置き、心理の変化に合わせて支援の仕方を変えます。

30日目(導入期)

新人の状態:緊張が強く、失敗が怖い。質問して良いのかすら迷いがち。
到達目標

  • 受付、処方箋入力、調剤補助、会計を一通り体験
  • 1日の流れを理解し、動線と役割を把握
  • 質問して良い」と本人が実感できる関係性

指導の要点

  • 何度でも聞いて良い前提を明文化(新人カード/朝礼で宣言)
  • 忙しい時は「10分後に一緒に確認」約束を返す
  • 進捗は毎日短く振り返り(今日できたこと/明日やること)

やってはいけないこと

  • 「前も言ったよね?」と叱責する
  • 人によって言うことが違う(基準のバラつき
  • できて当然の空気(承認の欠如

60日目(成長期)

新人の状態:流れは分かるが自信は不安定。「戦力化の実感」が欲しい時期。
到達目標

  • 在宅準備を部分担当
  • 業務の気づきを言語化して口にできる
  • チーム内の役割を自覚

指導の要点

  • 小さな業務を任せ切る(“部分の責任”を渡す)
  • できた点→次の一歩の順でフィードバック
  • 改善提案は採用のハードルを低めに(すぐやる・小さく試す)

やってはいけないこと

  • 「まだこんなことも?」と失敗を強調
  • 成果を見逃す/言語化しない
  • いきなり丸投げして失敗させる

90日目(定着期)

新人の状態:基本動作は安定。居場所感と達成感が決め手。
到達目標

  • 一部の患者対応を単独担当
  • ミニカンファ・勉強会で短い発表
  • 「ここまでできた」という可視化された達成

指導の要点

  • 役割の付与(担当患者/担当タスク)で仲間として認める
  • 3か月の成長を見える化(チェックリスト/記録)
  • 次の90日に向けて中期の期待役割を共有

やってはいけないこと

  • 「もう独り立ちしてもらわないと困る」と突き放す
  • ミスばかりを強調して不安に戻す
  • 成果を当たり前扱いする

到達チェック(簡易版)

  • 30日:外来フロー一通り/1日の流れ理解/相談先が明確
  • 60日:在宅準備の部分担当/気づきの表明/役割意識
  • 90日:単独患者対応/短い発表経験/達成の可視化

成功体験を設計に組み込む

人は「自分はできる」という感覚(自己効力感)が高まるほど行動を継続できます。自己効力感を最短で高めるのは、日常に散りばめられた小さな成功の連打です。薬局なら、次のような場面を偶然に任せず設計します。

  • 外来対応:はじめての患者さんに自然に声かけができ、良い反応を得られる体験
  • 入力作業:1枚の処方箋をミスなく終えられる体験
  • 在宅同行:ご家族から「助かった」と言ってもらえる体験
  • チーム協働:「これ手伝ってくれて助かった」と感謝される体験

成功のタイミングも設計しましょう。
10日以内に患者さんとの良い接点、30日以内に「1枚完結」の入力経験、60日以内に在宅同行と小さな改善提案、90日以内に発表や担当患者の設定。
こうして10・30・60・90日に成功ポイントを配置すると、小さな成功 → 自信 → 行動の増加 → さらに成功という“成功の循環”が回り始めます。

承認は思いつきではなく仕組み化が鍵です。終業前の短い振り返り、チェックリストに「できた」を記録、ミーティングで進捗を共有——こうしたルーティンが、成功体験を言語化して定着させます。


教える側のメリット

オンボーディングは新人のためだけではありません。指導者・経営者にとってもメリットは大きい。

  1. 標準化:教える内容と順序が固まり、誰が教えても品質が揃う
  2. 再現性:店舗間・人間でのばらつきが減り、育成が読める
  3. 負担軽減:何を・どこまで教えるかが明確でメンタル負荷が下がる
  4. 人材育成:教えること自体が先輩の学習となり、次世代リーダーが育つ

実践アイディア集(すぐ始められるもの)

  • 30-60-90日目標シート:到達基準をA4一枚で可視化し、本人と先輩で共有
  • 週1回の5分面談:カレンダー固定で「どう?困ってない?」を習慣化
  • 新人ノート:学び・疑問・気づきを1日1行。先輩が短くコメント
  • できたことリスト:小さな進歩をチームで掲示・共有し、成功を見える化
  • メンター制度:直属上司以外に気軽に相談できる“もう一人”を設定
  • 90日目の小発表:3分で良いので学びの共有。達成の可視化と仲間意識の醸成

失敗する薬局の共通点

  • 放置:忙しさを理由に、新人の不安と疑問が放置される
  • 基準のバラつき:人によって言うことが違い、何が正解か分からない
  • 成功体験の欠如:承認がなく、失敗だけが記憶に残る
  • 否定的フィードバック:「まだできないの?」が口癖になっている
  • 現場任せ:育成を仕組み化せず、毎年同じ失敗を繰り返す

上記の逆を実行するだけで、定着率は着実に改善します。


まとめと行動プラン

新人が辞めるかどうかは最初の90日でほぼ決まります。ここを「なんとなく」ではなく設計して支援するのがオンボーディング。採用費を守り、現場の負担を減らし、患者体験を安定させる——経営と現場の双方に効く施策です。

経営者がやるべき第一歩(今日からできる3点)

  1. 30-60-90日目標を言語化:A4一枚で到達基準を作り、チームに配る
  2. 承認の仕組み化:終業前の1分振り返り/できたこと記録をルール化
  3. 週1回の5分面談:カレンダーに固定して、必ず声をかける

今週のチェックリスト

  • 新人に「質問は何度でもして良い」と明言した
  • 30・60・90日の目標をチームで共有した
  • 新人の「できた」を1つ言語化して伝えた
  • 5分面談をカレンダーに登録した

定着は偶然ではなく、設計できる未来。
あなたの薬局の90日を、今日から設計していきましょう。

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