要点
- 早期離職の真因は「本人の根性」ではなく、入社前の期待ズレ×受け入れ体験の設計不足です。
- RJP(現実提示)+“見学60分”の体験設計+面接後の合意メモでミスマッチを事前に減らせます。
- Day1の歓迎可視化/質問窓口の明示/A4到達基準/週次15分1on1を回せば、初期の不安が減り定着が進みます。
- はじめに
- 1|真因:いちばん効いているのは「期待のズレ」
- 2|見学60分は“施設案内”ではなく“体験設計”
- 3|面接は“好きかどうか”ではなく、“一緒にやれるか”のすり合わせ
- 4|初日の温度が、その後の解釈を決める
- 5|OJTが“人次第”だと、迷子が量産される——標準化で救える
- 6|心理的安全性は“いい人”だけでは続かない——運用で担保する
- 7|薬局長と本部の役割を分ける——「現場だけが悪者」にならないように
- 8|“辞めそうサイン”は小さく出る——個人の勘にせず、チームのリストに
- 9|2週間で“最小実装”——完璧主義は捨てて、まず回す
- 10|勘ではなく数字で握る——KPIで腹落ちさせる
- まとめ——“続く薬局”は、今日のA4一枚から動き出す
はじめに
「やっと採用できたのに、3か月でいなくなった」——この痛み、よく分かります。
採用費、先輩のOJT時間、患者さんの信頼、シフトの歪み。辞めた瞬間に、全部がコストに化けます。つい「最近の若手は…」と世代論に逃げたくなる。でも、一度だけ視点を変えてみませんか?
多くのケースで、退職の引き金は“その人”の問題ではなく、“私たちの設計”の問題です。求人から見学、面接、初日の迎え方、最初の90日の支援まで。
今回は、オンボーディングの詳細(最初の90日の設計)については次回に譲り、まずは前工程と日々の運用に絞って、あなたの薬局ですぐ実装できるやり方について考えていきたいと思います。
1|真因:いちばん効いているのは「期待のズレ」
まずここから確認しましょう。
辞めた人は、入社前にどんなイメージを持って来ていましたか? そして、実際の仕事はどうでしたか?
よくあるズレは、こんな感じです。
- 求人には「教育が充実」とあるのに、現場は“見て覚える”中心。
- 「在宅に関われる」に期待して来たが、まったくそんな感じもない。
- 「残業少なめ」を信じたが、突発の応援で連日押し気味。
ギャップそのものは悪ではありません。どんな職場にも現実はあります。問題は先に伝えなかったこと。人は「聞いていないギャップ」に強く反応します。だから、求人段階からRJP(リアリスティック・ジョブ・プレビュー:現実提示)を入れましょう。短期的に応募数は少し減っても、ミスマッチ流入が減れば定着率は確実に上がります。
すぐできるRJPの作り方(A4一枚でOK)
- 業務内訳を数字で:外来業務◯%/在宅業務◯%/その他◯%(繁忙・閑散のレンジも)。
- 初期3か月の“できればOK”:30日=受付・入力・外来フローを一周、60日=在宅準備を部分担当、90日=単独で一部患者対応…など。
- シフトの現実:遅番頻度、土日当番のルール、突発応援の方針。
- できないことも先に:「初期3か月は在宅は同行まで」など、制約を明示。
ここまで出せれば、「思っていたのと違う」はかなり減ります。
2|見学60分は“施設案内”ではなく“体験設計”
案内して、質疑で終わっていませんか? それではもったいない。
見学は「ここで働く自分」を具体的に想像してもらう60分に設計しましょう。コツは、良い面と大変な面の両方を意図して見せること。片面だけだと、入社後のショックになります。
見学60分の型(そのまま台本にできます)
- 10分|ウェルカム&目的共有:薬局長から「今日は良い点も大変な点も見てほしい」と宣言。ここで信頼が生まれます。
- 15分|ピーク×ボトム見学:繁忙帯の段取り/閑散帯の改善活動(片付け・学習・仕込み)を両方見せる。
- 15分|“最初の3か月”の現物:チェックリスト、面談フォーマットなど支援の仕組みの現物を触ってもらう。
- 10分|先輩の生声:入社1年目が「つまずき」と「乗り越え方」を率直に話す(台本なしの“本音”が効く)。
- 10分|逆質問:選考ではなく相互確認。不安を場で解消して帰ってもらう。
この60分を回し始めると、内定承諾率も入社後の定着も、目に見えて変わります。
3|面接は“好きかどうか”ではなく、“一緒にやれるか”のすり合わせ
面接が盛り上がるほど、後でズレが出ます。ここで具体に落とします。
- やりたい領域の比率:外来/在宅/患者コミュニケーション/数字・改善…どれを何割で?
- 苦手・避けたいの許可:数字が苦手/急な応援は要調整、など。言ってもらう設計に。
- 忙しさの山谷を図で:曜日・月次の波、繁忙期の乗り切り方。
- “誰に何を聞くか”の仮決め:入社前から“人の地図”を手渡すイメージ。
そして面接後にA4の「合意メモ」をまとめ、内定通知に添えます。
入社後の「言った/言ってない」が消え、スタートが滑らかになります。
4|初日の温度が、その後の解釈を決める
ここを軽く見積もってはいけません。初日の体験は、以降の注意・指導・出来事をどんなフィルターで解釈するかを決めます。だから、“歓迎”と“安心”を可視化します。
初日の必須3点セット
- 歓迎の可視化:小さなウェルカムボード、手書きメッセージ、ランチでもOK。形にすることが肝。
- 人の地図(A4):受付・入力・監査・在宅・シフト・勤怠…困ったらこの人、顔写真と連絡手段付き。
- 終業前の5分振り返り:「今日できた」「分からない」「明日の一歩」。不安の持ち越しをゼロにする。
「名札とロッカーを渡して、すぐ現場へ」は自ら離職リスクを上げる行為。やめましょう。
※最初の90日(30-60-90モデル)の設計と運用は次回を参照してください。
5|OJTが“人次第”だと、迷子が量産される——標準化で救える
A先輩とB先輩で言うことが違う。新人がいちばん疲れるパターンです。解決はシンプル。
- A4チェックリスト(4段階):観察→同行→部分担当→単独。「できたら◯」だけの世界。
- 質問窓口の固定(メンター+サブ):一次窓口と予備を決め、“回答の逃げ道”を用意。
- 進捗の見える化:壁や共有ツールに「今どこ?」を掲示。周囲が手助けしやすくなる。
大事なのは「立派な表」ではなく、毎週使える表。運用が回る粒度に抑えましょう。
6|心理的安全性は“いい人”だけでは続かない——運用で担保する
人柄に依存した安全は、異動・退職で壊れます。手順で守るのがポイント。
- カテゴリ別の質問窓口:入力はXさん、在宅はYさん、シフトはZさん——迷わない導線。
- 指摘のフォーマット:事実→影響→次の一歩。感情論に逃げない“型”。
- “困りごと共有5分”を固定:週1で良い。詰まりを言語化して出し切る時間をカレンダーに置く。
“優しさ”は大前提。でも運用がないと続きません。
7|薬局長と本部の役割を分ける——「現場だけが悪者」にならないように
早期離職は現場の努力不足ではなく、構造の未整備です。だからこそ役割分担をしましょう。
- 本部の役割:求人のRJP基準、見学台本、A4の初期3か月テンプレ、1on1フォーマット、簡易研修。
- 店長の役割:初日の迎え方、週次1on1運用、OJT割り当て、場の温度管理。
- 評価の軸:初期3か月は習熟評価(結果ではなく“できるまでの道のり”)。さらに「育てる」を加点。
「採用は本部、定着は現場」ではなく、一緒に整えるに切り替えましょう。
8|“辞めそうサイン”は小さく出る——個人の勘にせず、チームのリストに
兆候は必ず出ます。印象論ではなく、レッドフラッグを共有しましょう。
- 雑談が減る、目が合いにくい
- 報連相が短文化・遅延する
- 小さな判断で固まる、同じエラーが続く
- チェックリスト更新が止まる
- 単発の遅刻・欠勤がポツポツ出る
週次1on1で「最近どう?」が言いやすくなる合図に。早期介入で戻るケースは多いです。
9|2週間で“最小実装”——完璧主義は捨てて、まず回す
Week1
- A4の初期3か月到達基準(粗くてOK)を作る。
- 質問窓口表をバックヤードに掲示。
- 見学60分の台本を決める(ウェルカム→ピーク×ボトム→現物→先輩→逆質問)。
Week2
- 週次15分1on1をカレンダー固定。
- チェックリスト運用を開始(壁 or スプレッドシート)。
- Day1スクリプト(歓迎/人の地図/終業5分)を全店で導入。
ここまでで、新人生存率は体感で変わります。本当に。
10|勘ではなく数字で握る——KPIで腹落ちさせる
- 初期離職率(0–3か月)/1年離職率
- 採用コスト+教育コスト(OJT工数)
- 見学→応募→内定→入社の歩留まり
- 欠員率/応援発生数(シフト安定度)
月次でダッシュボード化し、会議等で見る。全員で腹落ちすることが大切です。
まとめ——“続く薬局”は、今日のA4一枚から動き出す
- 原因の本質は「期待のズレ」と「設計の欠如」
- 解決は、求人・見学・面接・Day1・OJT標準化・心理的安全性の小さな設計
- 2週間で最小実装。走りながら、四半期ごとに磨く
どれも大きい投資ではないですよね。A4一枚とカレンダーと、ちょっとの準備で始められることばかりです。
そして、これは単に“辞めさせない施策”ではありません。患者さんの安心、スタッフの誇り、採用の強さ——全てを高めていきます。
さて、まずどこから手をつけますか?
定着は偶然ではなく、設計でつくれます。